■ MUKU-DATA  釜定 盛岡市紺屋町

ニューヨークタイムズ紙に世界で行くべき52カ所に選ばれた
何かと話題の盛岡市
5月の連休での東北の旅で立ち寄った町のひとつ。
数年前に南部鉄器で小さな器を通販で手にしてから
釜定さんへ一度は行ってみたいと思っていた。

店内は作られた鉄器が数多く並べられていたが、、
やはり店内で使われている材木へ目が向くのは材木屋としての性
古いお店でもある事が理由なのだろうが欅材が多く目についた。

長く使われ手入れされたケヤキの棚板は時代がのっていい味わいになっている。
そこに置かれた新しい南部鉄器の黒が欅の板と対照的で
いっそう重厚さを増し、凄く良い感じで商品をひきたてているように見えた。

材木屋の癖で、お店の商品を置く無垢の棚板と商品との関係を見てしまうが
なんだろう・・鉄と木、お互いが良い感じで成立していた。

これは多分、新しい欅材だといまいちだろうし(南部鉄器が400年続いたように)
棚板として長く手入れされながら使われてきた材としての時間も必要なのだろう。
例えば、ここに栗材を想定してみるも、いまいちしっくりこない。
伝統的に作られ使われてきた長い歴史のある南部鉄器には
やはり木の王道の欅材が合うのかもしれない。
現代工芸品であるのなら、例えば神代木なども渋さは出てくるのかもしれないし、
古材だったらどうだろう・・?とあれこれと想像する。
どれもいまいちピンとこないのはやはりこの場でこの南部鉄器と共に
長い時代を共にしてきた時間との摩擦が足りないからだろう。

裏方の黒子としての棚板が商品を引き立たせるためには
そこに置かれるものが本物であればあるほど、
材木の役割が大切であることを感じた。
いや、棚板は木じゃなきゃいけないのでは、、特に鉄に対しては。。
南部鉄器の黒と欅の組合せがしばらく頭から離れずにいる。









因みに小物を数点購入して、事務所のウェンジの上に置いてみたが
ながく使われてきた欅材の上にある南部鉄器の方が
数倍、鉄器も木も良くみえる。