■ MUKU-DATA 胎内市 杉井建築 杉井建築さんのインスタ
昨日杉井さんのところにちょっと用があって行ってきた。
若い頃勤めていた親方から頼まれて大工仕事の部分を請け負っているとは聞いてはいたが・・
作業場へ着くと「なんじゃぁ!これは!!」の光景が広がっていた。
材木屋になって30年、プレカットが普及する前の当初の10年ほどは
入母屋造りでの太鼓梁、丸梁、隅木、など伝統的工法で大工さんたちが
作業場で刻む光景は目にしていたのだけど
さすがに、こんな曲りのある丸太を相手に刻んでいる光景は見たことがなかった。
曲りがあるといってもせいぜい米松のB材丸太を使った少し盛っている程度で
上からの荷重を考えて盛った部分を上にして使っていた。
大引きは逆で床束があるので反対で使った。
木の特性を理解できる大工さんたちの経験と技術で家は作られていたし
今思っても、梁と交差した上引き、中引き、下引き材など
今の合板と釘で固められた家の構造よりむしろ丈夫で無駄がないように思える。
が、しかし、さすがにこんなグニャグニャの梁を扱っている大工さんは
弊社でのお付き合いのある大工さんではいなかったし
新潟県、全国でも、数える程度しかいないだろう。
ましてやプレカット主流の今の時代、何か物凄い光景に出くわしてしまって
杉井さんこんな材と向きあいながらこんなの作れるのね・・・と
分かってはいたけど、やはり凄いなぁ・・カッコイイ!、技術っていいなぁと思う。
左右上下に曲がった梁に基準となる墨を付ける。
芯墨を中心に、そこから何寸離れと各所に加工する墨を付けていく。
刻み終って最後は仕上げ加工をするので
材に打たれた墨、記号や印は全て消えてしまい、あとは建て前まで再確認のしようがない。。。
失敗の許されない緊張感ある作業だよね・・
そんな一発勝負の状況で1本、一カ所と鑿を入れる。
その部分には他の材を受けたり交わってくるので頭の中は組み上がりの状態を想像し全体と部分を行き来しているのだろう。。
そしてそこに大工道具を使った経験と技術が必要となる。
全開ではないか!
ぼ~っとしてたら間違ってしまうし、一カ所間違いそれに気づかなければ全てが
間違ってしまう可能性もある。
バカじゃできないし、温ければ後々全体に悪い影響が出てくる。。
度胸も必要だし体力も要る。
そんな人間力全開の仕事って他にあるんだろうか?
一生の仕事として人生を捧げるには十分過ぎるかっこいい仕事と思う。
それに比べて材木屋はどうだろう・・・
なんと生温いところでグタグタしているようで恥ずかしくなってくる。
加工を終えた材 シートを捲り見せてもらった。






墨付け、刻みをする為に杉井さんがシナ合板に描いた板図


柱材には桧、杉、朴ノ木、黄蘗(キハダ)、栗、榧(カヤ)など
色々な材が支給されていた。
自然塗料で着色するらしいが共通するのは比較的目細の材
特に土台は杉の赤で目詰まりが細かなものだったらしい。
材の耐久性、特性を良く知っているからこそ
材種の統一に重きを置いている訳ではないところはとても共感できる。
とかくなんでもなんでも合せればいい的な風潮が多いご時世に
本質を押えているなぁと思うし、これでも全然いいかと思う。
材種ではなくその場所に適した材質の方がむしろ大切

杉井さんの息子さんも大工さんの道へ進む事が決まったらしい。
技術が伝承されることを願う。



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■ MUKU-DATA 彌彦神社摂社 武呉神社 第一嗣/天五田根命
昨日は県外からの来られたお知合いの方々と
神社仏閣に詳しい方に解説していただききながら
彌彦神社や笹川家などに同行した。
鳥居の傾斜角度や枓栱(ときょう)と化粧垂木の割り付けなど
それらの決まり事などを教えていただいた。
今後、神社仏閣など見る際に別な視点で見る事ができるようになって
ありがたい。
それと同時に、古い建築の話が多かったせいか
目線は長く使われてきた材木へ意識がいっていた。

第一祠の武呉神社、段木は欅材かと思われる。
その他の摂社が桧系の材で作られてあるのだが
こちらだけ部分的に欅材が使われていた。
ながい年月が過ぎて、段木の欅材が良い味を出している。




旧笹川家住宅(笹川邸)は何度か訪れているが
随分と久しぶりにきた。
さきの震災で建物が傷んだ部分があるので公開できない室内も多々あったが
大きな煤けて黒くなった梁や土間のたたき、土間から囲炉裏の間へ上がるための
沓脱石代わりの置台の使い込まれた風合いは
やはり木は長く使われる事で深みが増すものだなぁ・・と感じる。
母屋は文政9年(1826)までに旧村松町の棟梁、小黒杢右衛門により
再建されたらしいが、この棟梁「小黒杢右衛門」は
県内のこういった重要な建築物にはちょくちょく登場するらしい。





どれだけ使い込まれてきたのでしょうね。
角が取れ丸みを帯びている。
子供の間と書いてあったかと思うが
大きな生き節をあえて使って?見せたのかと思う。
他でも大きな生き節を使った室内を時々見かけるがそれも面白いなぁと思う。

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■ MUKU-DATA 小屋
リフォーム現場の敷地内に古い小屋が建っている。
梁組みから昭和初期か?それ以前か・・
かつては農業をやっていてお米の保管庫として使われていたらしい。
古い土蔵や小屋に入ると何かしらの気配を感じる。
怖い時もあるし、何か良い空気が流れている事もある。
捨てられずに保管されている道具類を見ていると
かつてこれらの道具が使われ作業していた様子が浮かんでくる。
あ、あるじゃないですかぁ・・! 舟。。
昔活躍した木舟は、小屋の床板だったり、外壁の補修だったり、
再利用されながら使われている事が多い。
そして解体時にこうした舟板も建物と一緒に廃棄処分されていったのだろう。。
竹林には良い空気が流れている。
こういった緑に囲まれた場所に小さな家。。
家までいかなくて小屋ほどのものを建てて
質素に静かに暮らせれば・・・ という憧れがどこかにある。
小雨が降っていたので緑が美しい。
常緑ヤマボウシといっていた。
今朝、緑の花で調べたら常緑山法師の中でも
ヒマラヤヤマボウシ、マウンテンムーンっていう品種かもしれない。












■ MUKU-DATA 妙心寺 浴室「明智風呂」 ( 2023 1/3 )
正月休みに訪れた、妙心寺、勅使門を潜り暫く歩くと
何ですかぁ!? 浴室・・・!?
屋根の形や破風、彫刻など、、 美しいです。
仏殿、法堂と、とにかくデカい。
庫裏の大きさと板敷きには圧巻でした。












■ MUKU-DATA 西方建築 様(新潟市南区真木)
朝一の配達の帰りに西方さん宅の近くをトラックで走っていたら
あの後ろ姿は親方だなぁ・・と速度を緩め窓を開け
「おはようございまぁす!」と挨拶
「おう、ちょっと寄ってけ!」
「・・・・」
「お茶一杯くらいいいだろ?」と、、 んだんだ。
(9:30AMまで事務所へ戻り、午前中はあれを終えて、午後からは・・と
一日のスケジュールを遊びなく組んでしまう癖はいつからそうなったんだろう・・?
昔はもっと時間にゆとりがあって、ゆっくりと時間は過ぎていたが、
いつしか時間に追われて仕事をしている。
お茶の一杯も躊躇してしまう自分もなんだかなぁ・・と思ってしまう)
久々だったので作業場でお茶をいただき世間話
うわぁ~ 珍しい光景だなぁ・・ 懐かしい光景か・・
タイコに落とした大きな梁が並び大工道具やら板図とか手刻みの現場
今から25年ほど前までは(プレカット加工が出てくる前は)
これが当たり前の光景だった。
休憩中はダルマストーブを囲み、お茶を飲み
会話が弾むこともあれば、休憩中殆ど会話もなく薪の燃える音だけの時もあった。
ほんと多くの大工さんに可愛がっていただいた。
厳しく教えていただいた方も多いし、今は亡き方々も多い。
温かいお茶とダルマストーブ、親方の話を聞きながら
住宅、材木、今までのこと、、と思い返していた。




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■ MUKU-DATA 東本願寺 御影堂 大虹梁 神代欅(阿賀野川産)
御影堂の大虹梁がこの写真を指すのかどうか・・違っていたなら失礼いたしました・・なのだが・・・
11月の大阪全国銘木展示会へ行った際に
車で行ったので移動で1日、前日は京都に宿泊した。
以前、仕事関係でお付き合いある人から、東本願寺へ行った時に御影堂の大虹梁見てきた?と聞かれ、
あれは阿賀野川からの神代欅が使われているんだよと教えて貰った。
(えっ!そうなんだぁ!って思っていてそれから月日が過ぎてしまったが)
京都へ着いたのは夜で折角前日京都に宿泊なのに何も見学せずに大阪入りも残念だなぁとホテルで周辺マップを見ていたら
3kmほど先に東本願寺があるではないか・・
東本願寺の事HPを見ていたら毎日朝7時から、晨朝法要(おあさじ)っていう朝のお勤めをやっているらしい。
毎日、あの場で・・そんな事をやっているのかぁ・・
よし、ではその朝のお勤めとやらを体験してこようと(軽いよね・・
)
翌朝お東様へ向かう途中で、あの神代欅の大虹梁の事を思い出した。
多分この虹梁の事を言っているのかとは思うが、こっちの虹梁かな・・?
って材面を見て判断しようと思ったが全ての梁、柱は経年変化で色が変わり
天井付近は薄暗く、神代木と思われる材面をよく判別できなかった。
新潟では今も阿賀野川、荒川等から大きな木が出てくることがあるし
特に阿賀野川の神代欅は良く耳にする話で
140年前にも(明治15年(1882)に寄進)新潟の巨大な神代欅が
東本願寺で使われていたというのは新潟の材木屋としては何だか感動する。
参考にさせていただいたHP
・東本願寺 真宗人物伝 坂井若利
・ダキシメルオモイ
・温故知新潟





大虹梁ってこれのことだよね・・?
みんな黒くて材面を見ても神代かどうか判別できなかった。
茶神代欅なのかなぁ・・?



前に来た時も思ったけど、やっぱ凄いよねこの欅の丸柱の玉杢◎◎◎




なにこの門、超絶技巧やね・・
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■ MUKU-DATA 古民家の床板(材種は良く見てこなかった)
アート作品を見に行くというよりも古民家に使われる材、使い方、
そこに流れている空気感を感じながら
展示された作品が一体となって全体の雰囲気を醸し出している・・ことを
体感しにいっていると言う方が強いのかと思う。
古民家に宿るあの空気感の正体は一体何なんだろう?
理解不能な不気味な作品が一層と怖さみたいなものを増幅させる。
村には誰もいない雨の午後とか夜一人ではここに居たくない。。




















赤い毛のカツラ? ・・・
謎だ。。。
■ MUKU-DATA 京都北山杉の里
京都から若狭湾方面を走り、美山かやぶきの里へ向かう。
国道162号(周山街道)を少し車を走らせると
間もなく都会の喧騒とは別世界の木立に包まれた深い森となる。
道路わきの立木の姿は、他の地域で見る杉の佇まいとは違う。
すっと真っ直ぐに伸びて枝打ちなど良く手入れがされてあり、細い。。
これはもしや・・丸太の産地、北山かぁ・・と気づいた。
(下調べをしていない旅で美山へ向かっていたが
突如、あぁ・・ここかぁ・・っていうのは下道でのあてのない旅の良いところでもある。
道路沿いにはSNSで見かける林業をやっている方の工場も偶然にみかけ、
こんないい場所で木と向きあっているんだなぁ・・とわかった)
材木屋になりたての頃は、あれだけ磨き丸太をはじめとして
絞り丸太など多くの需要が新潟でもあったが
いつの間に姿が見えなくなってしまった。
数年前に北陸の銘木店へお邪魔した際は
当時は云十万もした天然絞り丸太が桐箱に入ったまま埃を被っていた。
玄関ポーチの柱や桁には磨き、床柱には絞り、框に面皮と・・
大工さんは競って丸太を使っていたのに・・
地域的に京都の街に近く丸太を使う数寄屋建築と共に
この辺は発展してきたのだろう。
何百年と培われ伝えられてきた技術も、今は後継者は少ないと聞く。
北山丸太・・ あれから数日経過してその事が頭の片隅から離れないでいる。
あらためて今、丸太の用途を考える良いきっかけとなる出来事だった。
京都北山丸太生産協同組合
・北山丸太の種類
・北山丸太ができるまで




■ MUKU-DATA 土壁の古民家
材木屋になりたての頃(1991年~頃)は、
大工さんは冬場に春に建てる家の構造材を刻み加工して、
春、一斉に上棟が始まる。
上棟後は屋根屋さん、そして左官屋さんの木舞掻きの後に荒壁塗りが行われる。
その期間、大工さんは一旦現場を離れ、
サッシを取付ける為の外部の鴨居敷居加工、霧除け加工、造作材加工など行われ
荒壁塗りを終え少し乾き始めるとまた現場を入ってくるという流れだったかと思う。
2000年近くになって構造材の刻み加工はプレカットに変わりはじめ、
いつの間に土壁造りの家も目にする機会がなくなった。
ある程度の年代になってから(コンビニ弁当やスーパーの総菜が食べれなくなった頃と同時に)
土壁造りの室内での居心地の良さを全身で感じるように変わってくる。
塗り壁、畳、障子、そして木材、それから大工技術、・・・
自然素材と心を込めて人の手で作られたものは、
ほんとうに身体に優しく人に馴染むものだと感じる。






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■ MUKU-DATA 杉:化粧梁・化粧タルキ
一部梁が表しになる室内の上棟時の様子です。
バイクガレージを兼ねた土間玄関部分の天井です。
梁は杉のタイコ梁(鞘落とし)、2本の下に下引1本を入れてあります。
屋根タルキは軒先の出が900mm以上あるので120×45mmタルキを使用。
屋根は瓦屋根ですので野地板は合板ではなく杉の小幅板を敷きこんであります。
軒先の化粧軒裏は七五の四分、225×12mmのケラバ板ってものを
15mm重ねで敷き込んでいきます。
軒先のケラバ板は最近は化粧にする場合、
羽目板や相ジャクリ加工板などの使用を多く目にしますが、
この現場は昔ながらの重ねて納めるやり方です。
陰影ができて少し違った見え方になるのかと思います。
(大勢に影響はないのですが・・・)
木の家って何だかホッとしますね、職業的なものでしょうか・・・?
現場で打合せをしていても気持ちがホッとしてきます。


上棟前の大工さんの作業場で、化粧屋根タルキを削り仕上げる作業
カンナ屑が舞い、杉の香りが漂い・・昔は当たり前のように目にした光景です。


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