■ MUKU-DATA 板屋楓(イタヤカエデ) 木口から割れ

丸太から製材され角物や板類になった材料で、
板目(年輪が筍のように出ている木目)部分は割れが生じやすい。
木の特性だから仕方ないにしても、それでも
割れないように割れ止めを施し、割れが広がりそうな木口には鎹を打ち込み
倉庫の日陰でゆっくり丁寧に時間をかけて乾かしていく。
数年後、桟積みされた材を奥から取り出し、さてと確認すると
あぁ・・割れてしまったね・・っていう木も多く、がっかりしたりする。

昨日SNSを眺めていたら、
金継ぎが美しいわけではないと思う。
壊れてしまってまでも、そのモノを大切にする心の表れが最高に美しい。

というつぶやきを見て、あぁそういう事だったんだなぁ・・と思った。

一般的な銘木屋的視点で言えば、
割れなどの欠点を除去して傷みのない状態にしてから店頭に並べる。
欠点って言われている部分を取り除き、仕立てあげて
はじめて銘木という商品となっていくのかと思うが、、
割れた板でも美しいものは案外多い。

全面に細かな杢の入った樟の板で
辺材付近の右側が板の長さの半分以上割れが走っているものがあったが、
先日購入いただいたお客様はその割れに黒漆を塗り込んで割れを活かしつつ
仕上げれば更にこの板がかっこよく見えると言って喜ばれていた。
最近では割れや抜け節の部分にウッドレジンで処理された一枚板も目にするようになってきた。

車で走っていると、下見板で数枚だけ補修されたお宅を時々見かける。
その部分だけ真新しい木下見となっているので、
直ぐに補修したと分るのだが、そんな光景をみると、
お会いした事もないのに、そこに住まわれている住人のお人柄まで見えてきて、
ちょっとした幸せな気持ちになったりする。
これはまさに昨日SNSに書かれてあった、
「モノを大切にする心が美しい」という事なのかと思う。
それを大切に使う人の心が垣間見れるから、何だか幸せな気分になるのだなと
という事だったんだと気づかされた。

因みにその呟きは若い世代の方だった。
古くなったら解体、ちょと傷んだら直すより買った方が安いからと買い替え・・
そういったことが、もう嫌なんだろうね・・

本物をながく使う、壊れたら補修して次へ受け継いでいく。。
最近は割れた板に対しての皆さんの見方や捉え方が変わってきていることを
木を通じて感じたりしています。