■ MUKU-DATA 無鄰菴(むりんあん) 洋館 (2026 1/ 4 )
敷地全体の構成を山縣有朋自身が行ない、作庭は七代目小川治兵衛
庭もよかったけど、職業上どうしても建物とそこで使われる木、
そしてそれを作った大工さんをはじめとした職人さんたちの技術へ目が向かう。
燕庵を模して造られた茶室もよかったが、和の要素が加わった洋館の造作には
気持ちがあがる。




















■ MUKU-DATA 光悦垣 光悦寺 ( 2026 1/4 )
琳派の祖といえば本阿弥光悦
銘木関係や庭の本に良く出てくる光悦垣
鷹峯の芸術村(光悦村)この場で色々と創作していたのかと思いを馳せる。
琳派の周辺













■ MUKU-DATA 岡太神社・大瀧神社 (2024 12/29)
藤森照信 氏と藤塚光政 氏(写真家)の「日本木造遺産」という本に出ている
大瀧神社はその佇まいに圧倒されて(藤塚氏の写真の効果も大きいのかと思う)前々から一度見ておきたくて
年末の29日に思い立ったように福井まで車を走らせた。
ナビでの予定到着時刻は 17:15分、
こりゃ日が暮れて見れないかもしれないなぁ・・
まぁそれがそれでまた今度の機会でいいかとも思ったが
日没後、まだ何とか周囲が見える明るさだったので
駐車場から駆け足で境内へ入りご対面させていただいた。
何とかギリ間に合ったまではいいのだけど残念なことに本殿周囲はシートで
覆われていた。ショック・・
到着時も天候はみぞれ交じりで結構荒れていて
冬期間はきっと本殿やその彫刻類を保護する観点からなので致し方ない。
きっとこの辺りも雪が多く積もるのだろう。。
雪が融けた頃に、今度こそはその異様な全景と彫刻類などを見る為に
再度訪れようと思っている。
参考
福井・越前和紙の守り神「岡太神社・大瀧神社」:日本一複雑な屋根を持つ優美な社殿(nippon.com)
建築写真家・藤塚光政が見た「日本木造遺産」の秘密( Casa brutus)







■ MUKU-DATA 井波別院瑞泉寺 本堂 浜縁 栃巾広一枚板
以前にもこのブログで書いたことがあったと思うのですが
瑞泉寺は木彫刻もさることながら、本堂の浜縁の上段の板に
栃の木が使われているのは、寺院建築ではあまり目にしたことがない。
地域柄、栃の大木が多くあったのかどうか?
社寺建築に関しては詳しくはないが
浜縁の廊下板というと、多くは欅や桧、
地域の小さな社寺だと杉が使われていたり、桜の木もあったかと思う。
瑞泉寺は、浜縁の下段は欅、上段の框も欅、上段の板に栃が使われている。
浜縁の廊下板に巾広の栃の木が使われているのは
全国的にも珍しいのではなかろうか?どうなんだろうか・・・?
現在の本堂は明治18年(1885年)に再建されたものとあるので
139年回廊の廊下板として使われてきた事になる。
下段は欅、上段の浜縁は栃、経年変化でグレーになる前は
さぞかし華々しかった事だろうと想像できる。
グレーに変色した栃の板も良く見れば初めから総純白だった訳ではなく
鉄砲虫の入った赤身部分も使われていた事がわかる。
これだけの数の巾広の栃を集めるのも大変だったことだろう。
長い年月の間に部分的に虫にもやられピンホールが無数にある板もあるし
弱く腐った部分は大きめな板で埋木され補修された痕も残っている。
それがまた大切に使われてきた感があって、なかなかいいものだなぁ・・と
眺めていた。
何度かここは訪れているが、何度見ても再建時に思いを馳せると
深く溜息が出てくる。
木の力、執念のような超絶技巧な彫刻群、そしてそれに向き合った人たちの情熱。













■ MUKU-DATA 江戸東京たてもの園
古い商店街など通ると銅板を使って正面が装飾され
緑青で緑になったいるお店を見る事がありますよね。
弊社木材倉庫にもこれに真似て菱形に板金を折ってもらって
正面外壁として使っているのですが、、
銅板が高かったのでガルバの艶消しの黒でやったんだけど
どうせなら銅板でやれば良かったなぁ・・と
こういった緑青の青錆を見るとつくづく思います。
なんか良いよね・・この色。。
今度何かでやったるか・・・
























■ MUKU-DATA 化粧小屋組み 材:欅、桜
先日、工務店さんの所へ行ったら、木材置き場だった小屋を改装していた。
端材を使って合間に作っている木の小物を展示できる場所を作っているらしい。
頭上を見上げるとグニャグニャに曲がった欅材(一部、桜あり)を使って
梁が組上げられていた。
このまま化粧梁として見せるらしい。
墨付けができない大工さんが多くなった今、こうした技術を持っている大工さんは
今後益々貴重な存在となるだろう。。。
「大工」と言っても持っている技術の差がありそれぞれに経験値が違う。
一括りで同じ「大工」として本来捉える事はできない。
プレカット加工が多くなった今、技術の違いは分かり難くなっているが
明らかに持っている技術には差があり
技術を持っていながら見せる場所、使う場所がないだけとも言える。
こういった墨付けから手刻み、小屋組みなどできる大工さんには
本来は技術料(手間賃)の違いはあっていいのだろうが
使う場所がなければ(=どの大工さんでもできる仕事であれば)
技術料の上乗せはなかなかできないのかと思う。
技術をもった大工さんがそれを使える場所、
見せる事のできる建築が少しでも増えれば技術も伝承され後世に残していけるだろう。
さしずめ分かり易いところで言えば、リフォーム工事などは
経験値がものをいう。
減築、既存建物への取付、屋根の形が変わる工事など・・・
最適な工事方法はやはり経験値のある大工さんの方が間違いないのかと思う。
グニャグニャになった欅の梁組を見ながらそんな事を思っていた。





■ MUKU-DATA 揚輝荘北庭園 白雲橋(はくうんきょう)
先日立ち寄った揚輝荘園内になる木造建築群は
材木の使い方や大工技術の宝庫
新潟の古い建物ではあまり見る事がない華やかさなどもあり
材とその使われ方、見せ方を学ぶにはとてもいい刺激となる。
1回でまとめきれなかったので、数回に分けてここに書いている。
昨日書いた伴華楼やこの白雲橋に使われる五色玉石、
橋の欄干の青銅ではない全て木製で繊細に彫られた擬宝珠、
茶室の竹の付け長押に水色の壁、入り口には枯れた扁額・・・









■ MUKU-DATA 揚輝荘 伴華楼(ばんがろう)
昭和4年竣工、設計は鈴木禎次 氏
古い木造建築は職業柄、見ていて楽しいし、とても勉強のなる事が多い。
なかでも社交場を兼ねた別邸、別荘などは
亭主の趣味嗜好が設計に反映され木を使ってできた大工技術を見る事ができる。
施主、設計者、職人技術、そして素材としての木材・・
各所を見ているとその造作ができる過程での人間関係まで垣間見えてくる。
何故にそこは柾使いでそこは板目使いなのか・・?
これはきっと施主の意向があっての事だろう。。
自分だったら、この材を使うだろう・・
こんな納め方があるのかぁ・・
材木で納められた造作を見ながら
いろんな部分が刺激される。











■ MUKU-DATA 妙心寺 浴室「明智風呂」 ( 2023 1/3 )
正月休みに訪れた、妙心寺、勅使門を潜り暫く歩くと
何ですかぁ!? 浴室・・・!?
屋根の形や破風、彫刻など、、 美しいです。
仏殿、法堂と、とにかくデカい。
庫裏の大きさと板敷きには圧巻でした。












■ MUKU-DATA 銀閣寺 ( 2023 1/2 )
子供の頃、銀閣寺に連れてこられたことがあって人の波に押されて
ただ流されて終わった記憶があるが、
何度か京都を訪れ、金閣、銀閣を見ていなかったので
あの巨大なプリンの形のある銀閣も行ってきた。
時刻は夕方だったので思っていたほど人もおらず(それでも多いが)
へぇ・・これが銀閣ねぇ・・という感じで見学させていただいた。
京都へ足が向いてしまうのは
職業柄、そこで使われている材木や庭園に生えている樹木
そういった部分を見ながら色々と考えることがあるからで。。
庭の事がもっと分かれば感動もあるのだろうが・・・
床に使われている材は多分桧かと思われるが
よくもこれだけの柾目を揃えられるよね・・中杢の通った共木かなぁ・・等
子供の頃、なんであんな巨大なプリンのような形の砂盛りがいいのかなぁ・・?と
思っていたが向月台と銀沙灘は銀閣寺の象徴でこれはやっぱりぶっ飛んでるな・・と思った。
なかなかこういった思考や発想には至らないないよなぁ・・と思う。











