The post 受け継がれる傾奇者精神 first appeared on 新発田屋 木材倉庫.
]]>
■ MUKU-DATA 全国哥麿会 2026夏の全国大会 新潟県スポーツ公園 第4駐車場 8/14(金)
今年のお盆休みは8/8(土)~8/16(日)までと
各々、お客様の仕事に差し支えのないよう任意で休みをいただいていますが
個人的には 8日(土)は木材倉庫、9日(日)お客さん来店、10日(月)は横浜へ配達、
12日(水)はお客さん予約で来店、15日(金)のこれから夕方はお客さんのマンション下見などで
1日おきにちょっとした用事があって遠出はできず
まぁそれはそれで全然構わないのですが
昨日の朝に、そういえば東京で観たい木彫作家さんの個展が開催中だったので
調べてみたら13~16日までは休館・・ ありゃ・・
なんとなくSNSを眺めていたら、 全国からデコトラ300台が新潟に集結!
なんじゃそれは??!
木、木材関連以外は全く門外漢ではあるのだけど、何となく見たことなかったし、、
最近漠然と「カスタム」っていうのが車に限った事ではなくて例えば、家とか小屋とかも含め
一つのキーワードとして頭ん中にあったこともあり、日が暮れたらチカチカしたデコトラを見てくるかぁ
って感じで行ってきた。
もう随分前に美術手帖に(引っぱり出したら 2009年9月号だったのですが)
「アウトローの美学」って、天明屋尚さん中心の特集があって
その中で確かデコトラの事に触れていたよなぁ・・って思い出した。
サブタイトルは ~刺青・デコトラ・特攻服 受け継がれる傾奇者精神~
日本の伝統美術の美意識を大きく対極的に2つに分けると
余白を生かした侘び・寂びの簡素な美意識
と
絢爛豪華な美意識
婆沙羅・傾奇者の系譜は後者の美意識である。
故に、日本のアウトロー文化の系譜は、縄文土器、日光東照宮陽明門、歌舞伎衣装など
日本美術史の一端を担った系譜と連なる美意識と言えよう。とある。
他国の事情はもっと分からないんだけど、多分日本人って繊細で芸が細かくて
拘りが強い、独自な文化があるような気がする。
例えば盆栽の樹形に関しても、懸崖に文人、模様木に吹流し、株立ちと何種類もあるし
オートバイのカスタムビルダーで世界的に評価されている方々もいるし
和食の繊細さもそう、服に着物、家だってそう。
大工の継手や木工技術もそうだし、
木材に関して言えば板目柾目にはじまり細かな等級に仕分けされて
海外のサプライヤーからは、日本は細かいしお金は出さないしって嫌がられたりすると聞く。
世界と比べるときっと細かくて拘りが強くて繊細な気質なんだと思う。
なんて素晴らしい文化、DNAだろうと思う。
これらの世界に誇れる?性質を最大限に使わない手はない。
当たり前と思っていることが、実は当たり前でなかったりで、、
住宅に関して言えば、ここ何十年かは、「余白を生かした侘び・寂びの簡素な美意識」が主流だよね、、
業界に入ったばかりの頃は入母屋に格天井、床柱は黒檀ド~ンってのがまだまだ残っていたのですが・・
住宅である器はシンプル、
木材の一枚板もどちらかと言えばシンプルなものが好まれるようには思うけど
キラキラ栃、杢々な屋久杉とかここだけは絢爛豪華なものが入る事も時々あったりはします。
皆さんそれぞれに美意識があって、そのイメージするものに近づける為に
それを実現してくれそうなプロに対価としてお金を払っている訳でありまして、、
色々と考えさせられる訳です・・
お金がなくても、どうしてもって昂る気持ちが抑えられないとDIYで実行
(お金はあってもイメージしてくれるものに近づけてくれるプロがいない場合もDIYあり)
自分だけ、自分たちだけの拘り、カスタムってのが
どうも最近、引っかかっているんですよね。。


け~っ、きっと哥麿会の会長さんたちが、閉会のステージに立ち
皆さんご一緒にぃ~って トラック野郎の一番星ブルースが流れてきました。
ブルースっていうか演歌的な曲もやっぱり日本独特なメロディー
デコトラとか運転する皆さんとまた合ってるんだなぁ・・ この歌が・・染みてくる~
菅原文太のトラック野郎って観たことなかったから今日打合せが早く終わったら観てみるかぁ・・














木材倉庫で絢爛豪華なパターンでやるなら、この手のカスタムだろうか?
木を使ってなんかどこにもない独自なかっこいいもの作りたくなってくる。
national geographic

The post 受け継がれる傾奇者精神 first appeared on 新発田屋 木材倉庫.
]]>
■ MUKU-DATA 屋久杉 2100×約1000mm SOLD OUT
弊社へ縁があってきたのが約12年前
木材倉庫が出来る前に本社脇の展示室へ数名で搬入して立て掛けておいた。
今はそこはストックヤード化して開かずの間となっている。
数週間前に問合せをいただき、奥の奥の奥の間まで材木たちを掻き分けて
このカミサマをみていただき、とんとん拍子で話が決まった。
樹皮部分を残したかまぼこ型の形状は一旦製材しないと使い辛いが
この部分はこれで迫力満点だし、蓮状になった屋久杉の中でも
こういった半円のままの屋久杉を市場で見る機会は少ない。
弊社に来る前は大工さんが約10年ほど保管していて
市場に出されたものだったので
新潟へ来て約20年ほど経過したものである。
ここへ来てもう12年の歳月が流れた。
木材倉庫が出来たので頻繁にこの場に出入りする事がなくなったが
時折、このカミサマたちに会いにこの暗所を訪れて対話してきた。
木の神様をはじめ常に周りに居る多くの木たちに見守られながら仕事を続けさせていただいている。
この状態に製材されて何年が経過したのだろうか・・・
ようやく陽の目みることになった。
これでいいのだ。
銘木に裏表なし・・
どこから見ても美しい。。。 それは嘘のないそのままの姿であるからだろう。
新たな地でもいつまでもお元気でいらっしゃってください。





























The post 新発田屋木材倉庫 2026 first appeared on 新発田屋 木材倉庫.
]]>
■ MUKU-DATA 新発田屋木材倉庫 2026 2/8
今年も早、一か月が過ぎました。
少しだけ倉庫内を改修してあれこれと藻掻きながらやっています。
だんだんと何屋か?わからなくなってきていますが
根本には「木」があります。
先日新聞に魚屋の跡を継いだ娘さんがそのコーナーの一角に本屋さんを併設したとありました。
新潟には本人は本屋さんだと言い張っていて確かに壁面には何だか難しそうな哲学書のような本など
並んでありますが、どう見てもBAR
酔っ払い店主さん?
先日二人でお邪魔した際に、二人で5~6杯はいただいたかとは思いますが
会計時に2,000円と言われ、オイオイ、って
どう考えても4000円は言ってると思うけど・・と言って
10,000円を出したらおつりが1,000円だったので、足りないよ、っていうような
本屋?が新潟市内にはあったりします。
でも何故かこんなおっさんがお邪魔しても店内には独特の居心地の良さが流れています。
いづれも流行りとかそういったことではなく
自然とそういった事になっていったのかと思います。
木材倉庫もここでこういった事が起こると面白そうだな・・と思ったり
でも、イベント的なものがどうも苦手で・・
多分過去の体験から、無意識に苦手になっているのかと思う。
せっかくそういったコンセプトで考えてやったんだから
楽しそうにそう振る舞おうよ的な・・わざとらしさ・・
もう60近いというにの未だにできない社会人としての振る舞い。
昨日まで学生で社会人になって急に社会人なんだからと多くの周りが変わっていき
(変わったふりをして?努力して)
取り残された感・・・
これは我儘という言葉で片付けられる事が多いが、本当にそうか?と
若い頃は結構自問自答していた。
木は嘘をつかない。
心に響く材木たちを販売し続けることが使命かと思っている。
















The post 新発田屋木材倉庫 2026 first appeared on 新発田屋 木材倉庫.
]]>
■ MUKU-DATA 東京数寄屋倶楽部
10月の下旬、東京へレジン製作者Wさんと一緒に打合せに行ってきた。
(といっても弊社が請け負い製作する訳ではなく、間に入ってただ紹介させていただいただけで
あとはお好きなように宜しくも無責任なので一応、納品までサポートさせていただくことにした)
打合せの予定時間まで2時間ほどあったので新木場でお世話になっている
ラカッポの村山さんの所に久々に顔を出してきた。
一緒に新潟から行ったレジンのWさんにも自分が世話になって
数寄屋建築や材の事、使い方などその多くを教えていただいた方なので
是非一度会って木の話など聞いて欲しいという気持ちの方がどちらかというと大きかった。
村山さんは私が知る限り、木の養生、手入れに関してはどこよりも手を抜かない。
かつて数寄屋建築材を扱っていた頃、その前の突板屋、天井製造業だったころからの
京都修行時代を経て若い頃からやってきた仕事の話は色々と聞いているので
仕事に対しての姿勢、取り組み、材を見る目、材を扱うこと、全てにおいて
今できる事の精一杯をやってこられた自負もあるだろうと思う。
なかなか、材木などの話も教えたいという気持ちの方が先だって
こちらの話を聞いてくれない事も多いが尤もかと思う。
そんな程度の材木の話なんて、聞いてくれているふりする関係でもないし。。。
だからWさんが実際に今回の打合せに製作したサンプルを見てもらえばと
机の上に置いたら、対応が変わって興味を持っていただいたようだし
Wさんへの見方も一瞬で変わったのを感じた。
さてそこからが、もっと村山氏のギアが数段上がり
数寄屋建築のこと、木取りの事、木の使い方、あれやこれやと
現物や雑誌が出てきて、、、
あっと言う間に2時間過ぎて、余裕をもっての本日の目的だった初顔合わせ打合せに遅れてしまった
村山さんもそうだしWさんもそうだし、好きなこと、興味のあること
そこに独自のセンスを盛り込んで徹底的に深掘りする。
先月、岐阜銘協での夜にご一緒させていただいた若いこれからを担う次期経営者の方々もそうだが
やはりそれぞれに独自の木の見方、木に対しての考え方を皆さんお持ちのようで
とてもいい刺激をいただいた。
もしかして銘木類、迷木類に関しては、材や見立て方を深掘りするマニアのような人たちが
これからのそのジャンルの業界を担っていくのかもしれないなぁとも感じた。
2時間、はなしっぱなしの村山氏とWさん
その中で私自身が一番感動したのは、使い古された壊れた水車板の敷板だった。
リバーシブル使いができて、表が草の草、裏が草の行あたりか・・
裏面の削った材面に桑かな・・?小さく繊細な蝶チギリが割れた箇所に2カ所打ち込んであったし
釘の刺さっていた痕も残っている。
こういった繊細な木の使い方ができるのって世界の中でも日本だけではなかろうか?
どうなんだろう。
侘び寂び、
ウッドレジンでもその辺を表現できたら、新たな境地が待っているのかもしれない。




-1024x683.jpg)




The post 第67回 全国銘木展示大会 岐阜銘協 first appeared on 新発田屋 木材倉庫.
]]>
■ MUKU-DATA 全銘展(岐阜銘協) 11/13,14
先週は12日~ 全銘展岐阜を絡めて岐阜、名古屋へ行ってきた。
さすが岐阜の全銘展、多くの出材と全国、海外からの多くの人たちで賑わっていた。
弊社の木材倉庫へ来ていただいた方々や約1年ぶりに顔を見る同業の方々など
いろいろとお話を聞けて有意義な時間だった。
年々良材が少なくなっているのは耳にするし、実際に並ぶ銘木類を見ていてもそれは実感できる。
良材も少なくなる中、形、全体の見た目、人気の材種、木工用の細かな端材など
「THE銘木」とまでは言えないがキャラの立ったユニークな材も目立ったように思う。
価値観の多様化、若い世代の新たなニーズ、
並ぶ材木たちを見ていると少しづつ変化しているのを感じた。
木材愛、本当の意味でのその木が持っているそれぞれの良さを
その価値として認め、求めている人たちが多くいるし
特に若いこれからの人たちが感性で木を選んでいるようにも思えた。
それはその先に業界以外の人たちの求めている「木の本当の良さとは」が少し見えるようで
弊社はこれから何をすべきか、どういった木材を提供できるかなど
一層今後の木材業界は面白くなってくるかと思うし
どういった使い方、見せ方など提案できるか真の実力が問われてくる事になると思う。
黒柿類は丸太も製材された製品も多くあった。
こんなに柿の木ってあるんだぁ・・って位に
皆さん全銘展に出材するよう調整しているのかと思う。
毎回そうだが黒柿の製品コーナーはギュウギュウ詰め状態になっている











黄檗(キハダ)やタモの杢ギラギラコーナー
競りは一気にトントン根が跳ね上がっていった


製品市の翌朝14日、(丸太の市日)
倉庫内を再確認するのに見て歩いた。
一枚板たち、昨日はおつかれさま~
行き先が決まって良かったねぇ~ って







The post 第67回 全国銘木展示大会 岐阜銘協 first appeared on 新発田屋 木材倉庫.
]]>
■ MUKU-DATA 手前から栗の古材、杉斫り、桧錆丸太2本、神代杉端材
ちょっとした和の雰囲気を出すのに、これらの素材を検討
栗の古材に削られた跡は、何のためのものなのか?分からない跡もある。
栗材に入る無数のピンホールが一層と古さを感じさせてくれる。
杉の丸太に斫られた跡は、機械斫りかどうかは不明
丸太にひと手間加える事で、磨き丸太とは別物になる。
桧の錆丸太、これは初めは偶然に出来たものなのか?
黴を付着させて作る錆丸太、そんな文化は他国にあるのだろうか・・
こういった天然木に自然にできた模様や跡を活かす文化がある日本は
繊細だと思う。
目立たずにサラリと室内のどこかに使えたら・・と思う。






The post 檜枝岐村 カラ松、桂、黒檜 first appeared on 新発田屋 木材倉庫.
]]>
■ MUKU-DATA 檜枝岐村 開村者の墓印 カラ松、桂、黒檜
今年は飛び石連休だったので近場で過ごしたり少しだけ仕事をしたり・・
新潟は例年より気温は低めで晴天の日も少なかった。
越後平野は田植えが行われ、田んぼに水が入りこの時季らしい景色に変わった。
連休最終日の昨日も天候はさえず曇り時々雨
山の方の空気が欲しくて、なんとなく桧枝岐村まで下道でドライブ
片道約170km下道で4時間、のろのろとお先にどうぞと道を譲り
道中の山の景色を楽しんできた。
ツキノワグマには出会えなかったがアナグマに出会う事ができた。
会津坂下から柳津、昭和村を抜けて南会津へ
道中気温は12℃前後、まだ山の日の当たらない箇所には雪が残っていたし
桜も散りかけてはいるが先週あたりが満開だったか・・?
新芽が芽吹き始めた頃で、この辺と比べると2~3週間ほど春が遅い。
桧枝岐村方面へは2回目だけど、そうそういつだったかテレビで桧枝岐歌舞伎をやっていてとても幻想的な光景だったので
いつか見てみたいとは思っている。
因みに年3回上演されて来週月曜日12日が愛宕神祭礼奉納歌舞伎らしいが
しばらくは行けそうもないか・・
本村の北側には大きな木が3本、
カラ松(枯死)、桂、黒檜(クロベ)があって開村者の墓印で
越後の国から来た三人だとか・・説も
板倉造りの板倉群など保存され
井籠(せいろう)造り板倉の説明によると
屋根には下葺き板をのせ、その上に樺の皮を敷き、更にその上に楢の割板を葺く
とあるが何とも渋すぎる天然素材100%の素材の使い方
工業製品がなかった頃の人間の知恵だなぁと
野性心がくすぐられる。
伝統工芸の一つに曲げ輪があり、材料は主には黒檜が使われていたことを知るが
墓印の一つとなっている黒檜と重なり、心に刻まれる。
その先には尾瀬国立公園に繋がるが登山はしないけど
今度はゆっくりと宿泊しながらまた訪れてみたいと思う。














The post 檜枝岐村 カラ松、桂、黒檜 first appeared on 新発田屋 木材倉庫.
]]>
■ MUKU-DATA 簀戸(すど)
簀戸といえば、子供の時の夏の午後、実家の畳間に寝っ転がって
昼寝していた事を思い出す。
初夏に板戸から簀戸に入替えられた薄暗い部屋を風が通り抜けていく。
簀戸の向こうには新緑の葉がサラサラと揺れて・・・
あの頃は、まだエアコンなんて使っていなかった時代で
夜は蚊帳を吊って・・ 何だか楽しかったなぁ・・
自然な涼風が心地よかった。
今は使っていない親戚の診療所を解体する事になって、
そこで保管されていた簀戸や板戸を廃棄するのは勿体ないので
何かに使ってくれないか?と言われて、、
特に当てもないのだけど、私自身も同じくこういったものが
バキバキと壊されて焼却処分されるのはいたたまれない気持ちになってくるし
そこはその前の時代は材木屋をやっていたらしく、、
やはり木を大事にして木で作られてものを捨てずに大切に保管されてきたんだなぁ・・と思うと、
増々こうした職人さんが手作りしたもの、まだ使えるものを
簡単に廃棄処分できない気持ちになってくる。
今どきの住宅で簀戸なんて頼まれる事はないんだけど
こうして引き受けてきた扉を眺めていると
意外といいんじゃないかなぁ・・機能を兼ねてどこか使えるような場所はないだろうか・・と使える場所を考えたりしてしまう。
全て自然素材、杉柾の框は秋田杉だろうか・・?新潟産の杉だったのか?
上と中間に竹を使い、簀戸は葦(よし)
そして下段の一枚板の腰板は神代杉ではなかろうか?
少し穴の開いた蓮の板を使っている。
色んな自然素材を使いながら、違和感なく上品にまとめて作ってあって
建具屋さんのセンスを感じる。職人さんって凄いなぁって思う。
当時材木屋だった施主と簀戸を作るにあたってあれこれと毎晩お酒を飲みながら
何の材料でどう作ろうかとアドレナリン出まくっていたのかもしれないねぇ。。
家づくりって本来、そういったアイディアを出しあい楽しみながらやっていたんだろうなぁ・・普請道楽って言葉があるように
うちはこういうのが好みかな・・
あそこの住宅の簀戸って知ってる?あれって何の材料使っているんだろう?とか
今の時代、なかなか皆さん時間に追われている事が多いので
既製品や画一的な材料になってしまうのは分からない訳ではないけれど
少しだけでもいいから、何かそういった事を取り入れたいよね。。
一枚板の板戸も良いものだと思う。
昭和の初めころ?大正の頃?一枚板のいわゆる床天ってあったのかなぁ・・
同じ材木屋でもうちとは違って流石の材木屋さんだったのかもしれない
4畳半のお風呂に使っていた舟底天井も残っていたけど
良い造作だったから、やっぱりそれなりだったんだろうなぁと想像できる。
引き受けてきたこれらの扉を何かに使ってあげたいと思う。
木や木で作られたものって使ってあげてなんぼだもんね、
使う事で更に輝きだしてくるし。。
日本の良いものは受け継いで次へ繋げていかなきゃだな。。










